1. はじめに
こんにちは。血液内科で看護師をしているエリです。
発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)と診断された方、あるいはその疑いがあると言われた方、そしてそのご家族の皆さん。聞き慣れない病名に、大きな不安を感じていらっしゃるかもしれませんね。日々の体調の変化や治療のことなど、心配事は尽きないかと思います。本当にお疲れさまです。
今日は、そんなPNHという病気について、日本の専門医の先生方がまとめられた「発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド」の最新版(令和4年度改訂版)の内容を、皆さんに分かりやすくお伝えしたいと思います。
出典: 発作性夜間ヘモグロビン尿症診療の参照ガイド 令和4年度改訂版(令和5年3月発行)【編集 : 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患政策研究事業 特発性造血障害に関する調査研究班】
このガイドラインは、PNHの診断や治療に関する、現時点での最も信頼できる考え方を示した、私たち医療者にとっても大切な道しるべです。このガイドラインの内容を知ることで、ご自身の病気への理解が深まり、安心して治療に臨むための一助となれば嬉しいです。
3. PNH(発作性夜間ヘモグロビン尿症)ってどんな病気?
まず、PNHがどんな病気なのか、基本的なところからお話ししますね。
PNHは、生まれつきの病気ではなく、後天的から発症する病気です。血液を作る元の細胞(造血幹細胞)の中の、ある特定の遺伝子(主にPIGA遺伝子)に変化が起こることが原因です。 この遺伝子の変化によって、血液細胞(特に赤血球)の表面にある、自分を守るための大切な“鎧”のようなタンパク質(GPIアンカー型タンパク質)が作られなくなってしまいます。
鎧がない赤血球は、私たちの体にもともと備わっている免疫システムの一部である「補体」というものから攻撃を受けて壊されやすくなってしまいます。これが「溶血(ようけつ)」と呼ばれる状態で、PNHの大きな特徴です。
主な症状としては、こちらのようなものがあります。
- 貧血: 赤血球が壊されるため。
- ヘモグロビン尿: 壊れた赤血球の中身(ヘモグロビン)が尿に混ざり、コーラのような色の尿が出ることがあります(特に朝方に多いと言われます)。
- 血栓症: 血管の中に血の塊(血栓)ができやすくなることがあります。これはPNHに特徴的で、時に重篤な合併症となります。
- 骨髄不全: 赤血球だけでなく、白血球や血小板も少なくなることがあります。再生不良性貧血という別の血液の病気と合併することも少なくありません。
これらの症状の出方や程度は、患者さん一人ひとりで異なります。
4. このガイドラインは何を伝えたいの?
PNHは比較的まれな病気ですが、研究が進み、特にここ十数年で治療法が大きく進歩しました。この「診療の参照ガイド」は、そうした最新の研究成果や多くの患者さんの治療経験をもとに、日本のPNHの専門医の先生方が協力して作成・改訂を続けているものです。
このガイドラインには、PNHをどのように診断するか(診断基準)・患者さんの状態をどのように評価するか(重症度分類)・どのような治療法があり、どう使い分けるか(治療指針)・治療中の注意点は何か・日常生活で気をつけること など、PNHの診療に関する標準的な考え方や推奨される方法が、科学的な根拠に基づいてまとめられています。
私たち医師や看護師が、患者さん一人ひとりに最適な医療を提供するための、大切な拠り所となっているんですよ。
5. ガイドラインのポイント解説(診断、治療、日常生活の注意点など)
ガイドラインにはたくさんの情報が詰まっていますが、ここでは特に皆さんに知っておいていただきたいポイントを、Q&A形式も交えながらいくつかご紹介しますね。
Q1. どんな時にPNHを疑うの?
A. 貧血の症状(だるさ、息切れなど)があり、検査で溶血(血液が壊れている状態)が確認された場合、特にコーラのような色の尿(ヘモグロビン尿)が出た時、原因不明の血栓症(特に肝臓やお腹、脳の静脈など)が見つかった時、再生不良性貧血などの骨髄不全と診断された時などは、PNHの可能性を考えて検査をすることが勧められています。
Q2. どうやってPNHと診断するの?
A. 血液検査で「フローサイトメトリー」という特殊な検査を行います。これで、血液細胞の表面にある“鎧”(GPIアンカー型タンパク質)がなくなっているPNHタイプの細胞がどれくらいあるかを調べます。PNHタイプの赤血球が1%以上あり、かつ、血液中のLDHという酵素の値が高い(溶血の指標)場合に、臨床的なPNHと診断されます。
Q3. 治療はどうやって決めるの?
A. PNHと診断されたら、まず「重症度」を評価します。これは、溶血の程度(LDHの値など)、輸血がどれくらい必要か、血栓症や腎臓・肺などの臓器障害があるか、といった点で「軽症」「中等症」「重症」に分類されます。この重症度分類を参考に、患者さんの状態や症状に合わせて治療方針を決めていきます。
Q4. 主な治療法にはどんなものがあるの?
A. PNHの治療は、大きく分けて以下の3つがあります。
- 抗補体療法: これが現在のPNH治療の中心です。エクリズマブ(製品名: ソリリス)とラブリズマブ(製品名: ユルトミリス︎)という2種類のお薬があります。これらは、赤血球を壊してしまう「補体」の働きをピンポイントで抑える注射薬(点滴)です。溶血を劇的に抑えることで、貧血症状やヘモグロビン尿を改善し、血栓症のリスクを大幅に減らすことができます。生活の質(QOL)も大きく向上することが分かっています。主に重症の方、また症状によっては中等症の方にも使われます。ラブリズマブはエクリズマブよりも投与間隔が長い(8週間に1回)という特徴があります。どちらのお薬を選ぶかは、患者さんの状況やライフスタイルに合わせて、主治医の先生と相談して決めることになります。
- 造血幹細胞移植: 病気の原因となっている造血幹細胞を入れ替える、唯一の根本的な治療法です。しかし、体への負担が非常に大きく、合併症のリスクもあるため、適応となるのは、重い骨髄不全を合併していて他の治療法では改善しない若い患者さんなど、限られた場合になります。
- 支持療法: 症状を和らげるための治療です。貧血がひどい場合の輸血(以前は洗浄赤血球が使われましたが、今は通常の赤血球濃厚液で良いとされています)、鉄分が不足した場合の鉄剤の補充(ただし、鉄剤で溶血が悪化することがあるので注意が必要です)、葉酸の補充などが行われます。骨髄不全を合併している場合は、再生不良性貧血の治療(免疫抑制療法など)を行うこともあります。
Q5. 治療中の注意点は?(特に抗補体療法)
A. 抗補体療法(エクリズマブ、ラブリズマブ)を受けている間は、髄膜炎菌という細菌による感染症のリスクが通常より高くなります。これは、お薬が補体という免疫システムの一部を抑えるためです。髄膜炎菌感染症は重症化しやすいため、治療開始前に必ず髄膜炎菌ワクチンを接種します。それでも感染のリスクはゼロではないので、発熱など感染症を疑う症状が出た場合は、すぐに医療機関を受診することが非常に重要です。いざという時に備えて、自分が抗補体療法を受けていることを示す「患者安全性カード」を常に携帯することも勧められています。
Q6. 妊娠や手術の時はどうすればいいの?
A. PNHの患者さんが妊娠・出産する場合や、手術を受ける場合には、特別な注意と管理が必要です。妊娠は血栓症のリスクを高める可能性がありますし、手術は溶血発作を引き起こすことがあります。抗補体療法中の方も、そうでない方も、必ず事前に主治医の先生や産科医、執刀医とよく相談し、計画的に準備を進めることが大切です。ガイドラインにも、それぞれの状況に応じた推奨事項が記載されています。
6. 副作用/注意点について(各治療法の主な副作用)
どんな治療にも、残念ながら副作用の可能性があります。ガイドラインでも触れられている主な副作用と注意点をまとめますね。
貧血に対する治療:
- 抗補体療法(エクリズマブ/ラブリズマブ):最も注意すべきは髄膜炎菌感染症です(Q5参照)。比較的よく見られる副作用としては、頭痛、鼻やのどの炎症、吐き気などがありますが、多くは軽いものです。お薬が効きにくい体質(C5遺伝子多型)の方が日本人には数%いらっしゃいます。血管の中での溶血は抑えられますが、血管の外で赤血球が壊れる「血管外溶血」が残ることがあり、貧血が続く場合があります。
- 造血幹細胞移植:移植に伴う合併症として、GVHD(移植片対宿主病:移植した細胞が患者さんの体を攻撃する反応)、感染症、臓器障害などのリスクがあります。
- 支持療法:輸血によるアレルギー反応や感染症のリスク(非常にまれですが)。鉄剤投与による溶血発作のリスク。免疫抑制療法(ATG、シクロスポリンなど)に伴う感染症リスクや腎機能障害など。。
治療を受ける際は、期待される効果とともに、どのような副作用が起こりうるのか、そしてそれにどう対応していくのかを、主治医の先生や私たち看護師からしっかりと説明を受けて、理解しておくことが大切です。
7. まとめ(看護師からのメッセージ)
今回は、「発作性夜間ヘモグロビン尿症(PNH)診療の参照ガイド」をご紹介しました。PNHはまれで複雑な病気ですが、このガイドラインは、日本の専門家たちが叡智を結集して作り上げた、最新かつ信頼できる診療の道しるべです。
ガイドラインの内容からも分かるように、PNHの治療、特に抗補体療法の登場によって、この病気の予後は以前と比べて格段に良くなりました。溶血や血栓症といったPNH特有の症状をコントロールし、多くの方が元気に日常生活を送れるようになっています。これは本当に大きな進歩であり、希望の光です。
PNHと診断されて、たくさんの不安を抱えていることと思います。でも、あなたは決して一人ではありません。このガイドラインに基づいた適切な診断と治療を受けられる環境が日本にはあります。そして、私たち医療従事者は、皆さんが病気と向き合い、治療を乗り越えていけるよう、いつもそばでサポートしています。
PNHの研究は現在も続けられており、抗補体療法もさらに改良された新しいお薬(近位補体をターゲットにする薬など)の開発が進んでいます。未来はさらに明るいと信じています。
治療方針を決める上で、また治療を続けていく上で、疑問や不安に思うことがあれば、どんなことでも主治医の先生や私たち看護師に遠慮なくお話しください。このガイドラインの情報も参考にしながら、ご自身の病状やライフスタイルに合った、納得のいく治療を一緒に見つけていきましょうね。
8. 注意事項
この記事は、診療ガイドラインの情報を分かりやすくお伝えするために作成しました。
医学的なアドバイスをするものではありませんし、特定の治療法をお勧めするものでもありません。治療に関する最終的な決定は、必ず担当の医師とよくご相談の上でなさってくださいね!







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