1. はじめに
こんにちは。血液内科で看護師をしているエリです。
急性前骨髄球性白血病(APL)と診断され、急性白血病という言葉に大きな衝撃を受け、また出血しやすいなどの症状から、ご不安な日々をお過ごしのことと思います。ご家族の皆さんも、心配でいらっしゃいますよね。
(今回の解説は、日本の血液内科の先生方が作成された 造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版(2024年版) の 急性前骨髄球性白血病 の部分を参考にしています)
出典:日本血液学会 編 造血器腫瘍診療ガイドライン 第3.1版(2024年版)【編集:日本血液学会】
APLは、急性骨髄性白血病(AML)の中でも少し特殊なタイプで、注意すべき合併症もありますが、特効薬とも言えるお薬の登場によって、現在では非常に治癒率が高くなっている病気でもあります。今日は、このAPLという病気について、特徴や治療法、気をつけるべき点などを、最新のガイドラインをもとに、できるだけ分かりやすくお伝えしたいと思います!
2. 急性前骨髄球性白血病(APL)ってどんな病気? ~出血に要注意!でも治癒率が高い白血病~
まず、APLは急性骨髄性白血病(AML)の一種です。骨髄の中で、前骨髄球という少し若い段階の白血球ががん化して異常に増えてしまう病気です。
特徴的な遺伝子異常
APLの大きな特徴は、ほとんどの場合、がん細胞に PML(ピーエムエル) と RARA(アールエーアールエー) という2つの遺伝子がくっついた、PML::RARA融合遺伝子 という特別な遺伝子異常が見つかることです。これは多くの場合、15番染色体と17番染色体の間の一部が入れ替わる(転座、t(15;17)と書きます)ことによって起こります。この遺伝子異常が、APLを発症させる主な原因と考えられています。
出血しやすい!DIC(播種性血管内凝固)
APLの患者さんで最も注意が必要なのが、DIC(ディーアイシー) という状態になりやすいことです。これは、血液を固める働きと、固まった血を溶かす働きのバランスが異常に崩れてしまい、体中のあちこちで小さな血栓ができたり、逆に出血が止まりにくくなったりする、非常に危険な状態です。特に脳出血などは命に関わるため、APLと診断されたら、あるいは疑われたら、すぐに出血対策を始めることが何よりも重要です。
治癒率が高い
DICという怖い合併症がある一方で、APLは後でお話しするATRA(アトラ)というお薬が非常によく効くため、AMLの中でも特に治癒率が高い(若い方なら80%近い方が治癒を目指せます)という、希望の持てる病気でもあります。
3. APL治療のキホン:「分化誘導療法」と化学療法
APLの治療が他の白血病と少し違うのは、分化誘導療法 という考え方が中心にあることです。
分化誘導療法とは?
がん細胞を殺すだけでなく、がん細胞を“おとなしい”正常な細胞に近い形に「分化(成長・成熟)」させてしまう、という治療法です。
キーとなるお薬 ATRA
その中心となるのが、ATRA(アトラ、製品名:ベサノイドなど) というお薬です。これはビタミンAの仲間で、APL細胞が正常な細胞に分化するのを促す働きがあります。飲み薬です。
日本での標準治療 (CQ1)
現在の日本の標準的な治療法は、この ATRA と、アントラサイクリン系薬剤(イダルビシンやダウノルビシンなど)を中心とした 化学療法(抗がん剤) を組み合わせて行う方法です。
4. 診断がついたらすぐに治療開始! ~時間との勝負~
先ほどお話ししたように、APLはDICによる出血のリスクが非常に高い病気です。
ATRAの早期開始 (CQ2)
そのため、血液検査や骨髄検査でAPLが強く疑われた場合には、PML::RARA遺伝子の確定診断を待たずに、できるだけ早くATRAの内服を開始することが、ガイドラインで強く推奨されています。ATRAにはDICを改善させる効果もあるからです。
5. 治療中の二大注意ポイント:「出血(DIC)」と「分化症候群(DS)」
APLの治療中、特に寛解導入療法(最初の治療)の時期には、以下の2つの合併症に特に注意が必要です。
DIC対策 (CQ2):
- 輸血: DICの状態を改善し、危険な出血を防ぐために、頻繁に血液検査を行いながら、血小板や新鮮凍結血漿(FFP)といった血液製剤を積極的に輸血して、血液を固める力を補います。血小板数は3万~5万/μL以上、フィブリノゲンは150mg/dL以上を保つのが目標です。
- DIC治療薬: 遺伝子組換えトロンボモジュリン(商品名リコモジュリン)というDIC治療薬も、APLのDICに対して有効な場合があり、使うことが勧められています。
- 使わない方が良い薬: ヘパリンなどの血液をサラサラにする薬や、トラネキサム酸などの血を止めやすくする薬は、かえって状態を悪化させる可能性があるため、基本的には使いません。
分化症候群(DS)対策 (CQ3):
- DSとは?: ATRAや後述するATO(亜ヒ酸)で治療を始めると、APL細胞が分化していく過程で、発熱、呼吸困難、胸水や心嚢水(しんのうすい、心臓の周りの水)、むくみによる体重増加、血圧低下、腎臓の機能低下といった症状が出ることがあります。これを分化症候群(DS)と呼びます。重症化すると命に関わることもある、重要な合併症です。
- 早期発見・早期治療が鍵: DSを疑う症状(息苦しさや原因不明の発熱など)が一つでも現れたら、確定診断を待たずに、すぐにステロイド薬(デキサメタゾンなど)の点滴を開始することが極めて重要です。早期に治療すれば、多くの場合改善します。
- 重症の場合: 症状が重い場合には、原因となっているATRAやATOの投与を一時的に中止することもあります。
- 予防: 治療開始時の白血球数が多い方などはDSのリスクが高いと考えられており、予防的にステロイド薬を使うこともあります。
6. 治療の流れ:寛解導入療法 → 寛解後療法 → 維持療法
APLの治療は、いくつかの段階に分けて行われます。
- 寛解導入療法 (CQ1): ATRAと化学療法(主にアントラサイクリン系)を組み合わせて、まずは骨髄中のAPL細胞をなくし、正常な血液を作る機能を取り戻す「完全寛解(CR)」を目指します。APLでは、ほとんどの方(90%以上)がCRになります。
- 寛解後療法(地固め療法)(CQ4): CRになっても、体の中にはまだわずかなAPL細胞が残っている可能性があるため、再発を防ぐために追加の治療を行います。日本では、アントラサイクリン系薬剤とシタラビン(AraC)などを組み合わせた化学療法を、通常3コース行うことが標準的です。この段階で、骨髄中のPML::RARA遺伝子が検出されなくなる「分子学的寛解」を目指します。
- 維持療法 (CQ5): 地固め療法が終わった後、さらに再発のリスクを減らすために、維持療法を行うことがあります。飲み薬のATRAや、タミバロテン(製品名:アムノレイク)(※初発APLの維持療法には日本では保険適用がありません)などが使われます。特に、診断時の白血球数が多かった「高リスク」の患者さんでは、維持療法を行うことが勧められます。化学療法(抗がん剤)による維持療法は、効果がないか、かえって良くない可能性があるため行いません。
7. リスクに応じた治療:白血球数がポイント
APLの治療方針は、診断された時の白血球の数によって、少し調整されることがあります(Sanz分類)。
- 高リスク: 白血球数が10,000/μLより多い場合。再発のリスクがやや高いと考えられ、化学療法の量を少し増やしたり、維持療法をしっかり行ったりします。
- 標準リスク(低・中間リスク): 白血球数が10,000/μL以下の場合。
8. 海外の標準治療:ATRA+ATO(亜ヒ酸)療法
海外、特に欧米では、APLの治療法が日本とは少し異なっています。
- 化学療法フリー治療 (CQ1): 特に標準リスク(低・中間リスク)のAPLに対しては、ATRAと ATO(亜ヒ酸、商品名トリセノックス) という点滴薬を併用し、化学療法(抗がん剤)をほとんど使わない治療法が標準となっています。(※ATOは日本では再発・難治性のAPLにしか承認されておらず、初発のAPLには保険適用がありません。)この方法は、ATRA+化学療法と同等以上の効果があり、骨髄抑制などの副作用が少ないと考えられています。
- 高リスクの場合: 高リスクの場合でも、ATRA+ATOに化学療法などを組み合わせる治療が中心となっています。(※GO(マイロターグ)などが使われますが、これも初発APLには日本では保険適用がありません。)
日本でも、初発APLに対するATOの早期導入が期待されています。
9. もし再発してしまったら…? ~ATO(亜ヒ酸)が第一選択~ (CQ6, CQ7)
万が一、APLが再発してしまった場合にも、治療法があります。
第一選択はATO (CQ6)
再発した場合の治療の第一選択となるのが、ATO(亜ヒ酸、トリセノックス)です。(※ATOは再発・難治性のAPLに対しては日本でも承認されています。)多くの場合、ATOによって再び寛解(CR2)を目指すことができます。再発が疑われたら、血液の異常が出てくる前の、PML::RARA遺伝子だけが陽性になる「分子学的再発」の段階で治療を始めるのが理想的です。
CR2達成後の治療 (CQ7)
ATOで再び寛解(CR2)になった後は、さらに再発を防ぐための治療を行います。
- 自家移植: ATOによる寛解後療法を行い、骨髄中のPML::RARA遺伝子が陰性になった(MRD陰性)場合は、自分の細胞を使った「自家造血幹細胞移植」を行うことが勧められます。
- 同種移植: もしMRDが陽性のままの場合は、再発リスクが高いと考えられるため、可能であればドナーさんからの移植である「同種造血幹細胞移植」が勧められます。
- 移植が難しい場合: 移植が難しい患者さんでは、ATOベースの治療を続けたり、ゲムツズマブ オゾガマイシン(GO、商品名マイロターグ)(※再発APLに適応あり)やタミバロテン(商品名アムノレイク)(※再発APLに適応あり)といったお薬を使うことも選択肢になります。
10. 高齢者の場合の治療 (CQ8)
ご高齢(一般的に65歳以上)のAPL患者さんの治療では、体力や持病などを考慮して、治療の強さを調整することが大切です。
- ATOベースの治療: 化学療法の負担が大きいと考えられる場合には、ATOを中心とした治療法(※初発APLには国内保険適用外)が良い選択肢になる可能性があります。ATOは比較的、年齢による副作用の差が少ないとされています。
- 基本的な考え方: 体の状態が比較的良ければ、若い方と同じように治癒を目指した治療(ATRA+化学療法)を行いますが、副作用が出やすいため、化学療法のお薬の量を減らしたり、寛解後療法のコース数を減らしたりすることが一般的です。
11. 副作用/注意点について
APLの治療で特に注意すべき点をまとめますね。
- 出血(DIC): 最も注意すべき合併症です。早期診断、ATRAの早期開始、適切な輸血(血小板、FFP)、必要に応じたDIC治療薬(リコモジュリン)の使用が重要です。
- 分化症候群(DS): もう一つの重要な合併症です。発熱、呼吸困難、体重増加など、疑わしい症状が出たらすぐにステロイド(デキサメタゾン)を開始します。重症ならATRAやATOを一時中止します。
- 化学療法: 骨髄抑制(感染症、貧血、出血)、吐き気、脱毛、心臓への影響(アントラサイクリン系)など。
- ATRA: 皮膚や口の乾燥、頭痛、肝機能障害など。
- ATO(亜ヒ酸): 心電図の異常(QT延長、定期的なチェックが必要です)、肝機能障害、神経障害など。
治療中は、これらの副作用や合併症に細心の注意を払い、予防と早期対応に努めます。入院中は特に、体調の変化があればすぐに私たちに教えてくださいね。
12. まとめ(看護師からのメッセージ)
急性前骨髄球性白血病(APL)は、急性白血病の中でも特殊なタイプで、DICや分化症候群といった注意すべき合併症はありますが、ATRAやATOといった特効薬とも言えるお薬のおかげで、現在では治癒率が非常に高い、希望の持てる病気です。
早期に診断し、適切な治療(特にDICとDSの管理!)を行えば、多くの方が寛解し、長期的に元気に過ごすことができます。治療法も、リスク分類に基づいて個別化され、海外では化学療法を使わない方法も標準になっています。再発した場合にも有効な治療法があります。
診断を受けてすぐは、出血の不安や治療への心配でいっぱいだと思います。
でも、APLは治せる可能性が高い病気です。私たち医療チームが、皆さんの状態を注意深く見守りながら、最善の治療とサポートを提供します!不安なこと、分からないことは、どんなことでも私たちに相談してください。一緒に病気を乗り越えていきましょうね!
13. 注意事項
この記事は、診療ガイドラインの情報を分かりやすくお伝えするために作成しました。
医学的なアドバイスをするものではありませんし、特定の治療法をお勧めするものでもありません。治療に関する最終的な決定は、必ず担当の医師とよくご相談の上でなさってくださいね!








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